みずがえおしろず
明治20年(1887)写 原図は江戸時代 縦64.2cm 横146.4cm
龍造寺家の中興とされる康家は、男子5人のうち二男・家和に佐賀城(いわゆる村中城)を譲り、新たに築いた水ヶ江館に隠居した。本図はその周辺の屋敷や居住者などについて記された水ヶ江御城図。道路や水路(堀)、土手、屋敷割りも詳細な上、観音堂など一部の建物は絵画的な描写も伴う。やがて康家からその隠居領を譲り受けたのは四男・家兼(剛忠)。本図の「剛忠公御隠居所」と記された区画には、「周家公(剛忠の孫/隆信父)、慶誾公(周家室/隆信母)、天理公(長信/隆信弟)相継テ御住居、隆信公御出生此所也」とある。ここで誕生した龍造寺隆信(1529~84)は、のちに領国をもっとも広げ、五州二島の太守として名を馳せることとなる。また、同区画の〇印の箇所には「隆信公御イヤ塚」(イヤ塚=胞衣塚。胞衣は臍の緒の意)が表されている。現在、この地は「龍造寺隆信誕生地」として佐賀市史跡となり、徴古館の創設者12代鍋島直映公の揮毫になる記念碑が建てられている。
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本品は「藩祖鍋島直茂公と日峯社」展(平成29年5月29日~7月29日)にて初公開しました。
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