佐賀藩三重津海軍所絵図
さがはんみえつかいぐんしょえず
安政5年(1858)正月23日三重津(現・佐賀市川副町、諸富町)に御船手稽古所が設けられた。翌年幕府の長崎海軍伝習が中止されたが、佐賀藩は練習艦観光丸を預かり佐野常民を監督として三重津で伝習が続けられた。のちに海軍で佐賀藩出身者が活躍することになる。慶応元年に佐賀藩が製造した蒸気船凌風丸を始め、藩が購入した軍艦が勢揃いし、左に造船所、中央では訓練の様子、右には学寮など、慶応期の様子が描かれている。明治2年5月鍋島直正は明治新政府へ海軍創設を建議した。