長崎港内外台場図
ながさきこうないがいだいばず
幕末期における長崎港の外目(港外)を中心とした警備状況を示した絵図。朱線で示された海峡の幅、白地に朱丸で示された2番所・7台場などが描き込まれ、各所の警備要領を示す貼紙も付されている。寛永年間に長崎警備が始まって以来、港内にあたる内目の警備が重視されてきたが、この伝統的防衛方針に対し10代藩主鍋島直正は、外国船航路を挟んで外目に位置する伊王島と神ノ島に台場を増設することで警備の重点を外目(港外)に移すという新防衛構想を唱えていた。本図は内目よりも外目(港外)を中心に描かれており、伊王島と神ノ島に「此島ヘ此節大台場取立増備仕候儀ハ別紙図面ニ委敷相記置候」との貼紙があることなどから、嘉永4年(1851)に着工された外目への台場増築にあたり作成されたものと思われる。